松本インターを降り、上高地に向い車を走らせる。
道は少しづつ山に向かい、景色は人の気配を無くしてゆく
直線だった道は、次第に蛇行を始め、奥へ奥へと吸い込まれるように進む
山はV字に渓谷を刻み、木々は崖にしがみつくように茂る
所々地肌を露にし、鋭くとがった岩が今にも転がり出しそうである。
この絶妙なバランスは、神の仕業としか言い様がない。
左にカーブを取るたび、一瞬、右下にエメラルド色の川が見える
きらめく水面を凝視したい衝動に駆られるが、道はそれを許さない
まして、車を止めるようなスペースもなく、気持ちの中にイラつきを残す。
やがてトンネルの群。
新緑の色と暗く灰色の壁面が交互に連なる。
しかし、このトンネルは何年前に作られたのだろうか?
ゴツゴツと、いや、クネクネと波打った壁面や天井は決して近年の工法では無い
そして道幅だ。
昭和の頃、そう私が子供の頃に目を光らせて眺めていた車達。極まれに見かける時があるが
今の軽自動車ほどの大きさに驚いた。そう考えるとこのトンネルはそんな時代の車に合わせて
作られたのだろう。
何か分からないが、そんな風景にワクワクしながら車を走らせる。
そのワクワクの隙間に入りこむ後悔と落胆。
もしかすると、あのコンビ二が最後のコンビ二だったのかも知れない
あの時、快適に進む車を止める気にならず、まだこの先にもあるだろう
と、日々慣れた感覚の油断が今の後悔につながっている。
自分はいつもそうやって先送りにして、必ず後悔をしている
もし、あそこで止まっていたら、今この風景の中で冷たい缶コーヒーを飲み
気持ちよく走っていたことだろう。
悔やまれる。
少し不機嫌になりながら急なカーブを回ると突然、今までになかった近代工法の
まるで高速を走っているかのようなトンネルが口を開ける。
安房トンネルだ、このトンネルを抜けると平湯温泉である。
750円、高い。
でも、この山奥にこんなトンネルを作ったのだ、仕方あるまい。
あの渋滞ばかりの首都高速に比べれば、価値は充分ある
冷静に考えれば考える程、納得出来る。
昔、黒部ダム建設の記録映画を見たことがあるが、ここも雪や岩盤、地下水などに
阻まれ、苦労して出来たんだろう、事故なんかもあったんだよきっと。
750円を払い、ほんの数十メートル走る間にそんな事を考えた。
考えていたので、曲がる道を直進している事に気付いた。
自動料金所を過ぎ次の交差点を右に曲がるのだ、次の交差点と言っても
次の次の交差点は見当たらない。そうだ、唯一ある交差点を右折するのだ。
平湯温泉。全貌は分からないが、こじんまりとして風情のある温泉街だ
最近、温泉街を下駄で歩く姿を見なくなった。
おそらくこの温泉もそうなのだろう。
いくつかの温泉宿を左右に見ながら進む
最後の宿を越えると緑が急に開ける
そして・・・・・

つづく
山懐の地より